「万能鑑定士Qの事件簿 XI」
やらない善よりやる偽善、と考えると犯人側に立ってしまう。
個人的には、この犯人を裁くべきか否や。悩ましい一作となりました。
万能鑑定士Qの事件簿 XI 「万能鑑定士Q」シリーズ (角川文庫)
- 作者: 松岡圭祐
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2012/09/01
- メディア: Kindle版
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とある寂れた寺が急遽世間の話題を集めることに。
寺の境内には開けるまで誰も触れられぬ祈願箱。
その中に入れられていた祈願文の内容は誰も知るはずのなかった内閣人事、有名人の電撃結婚など。
トリックが入り込む余地のない儀式に、沸き立つ世間。
難解に莉子が挑む、そしてその相手の僧侶は意外な関係者だった。
ネタバレあります。
祈願箱のトリックが序盤で解決したのは、拍子抜け。
ただ、兄弟子と対決するというのが、シリーズ通して読んでいる読者の胸をくすぐるいい展開です。
兄弟子なだけあって、同じような思考回路を持ち、莉子側を翻弄するのが上手い。
さて、今回の謎。果たして暴く必要があったのかな、というと微妙かなと思います。
別に犯罪的行為を働いているわけではありませんでした。
(終盤は別の件で犯罪行為でしたけど、相手側と和解していますし。裁く社会的必要はあまりないと思います)
個人的には、たとえからくりがあろうとも、赤十字社に数億円寄付していた時点で許せてしまいました、今回。
伝統的な神社と何が違うのか。
参拝者もメディアも、なにか裏があるのだろうと思いながら、この神社を見ていたはず。
伝統的神社なんて、多少歴史があるぐらいしか、正直アドバンテージがありません。
真実よりも、そのお題目を信じていれば、それでいいのではないか。
そう考えてしまうのは、理想を追いかけなくなったせいでしょうか。
しかし……。どちらが正しいのかはまだわからない。真っ当に生きようとすれば世に翻弄され、身も心も擦り減らし、ゆくゆくは社会の犠牲になる。そんな虚無こそ、むしろ瞬は信念の支えとしてきた。
この瞬の考えに対し、莉子は「欺瞞をひとかけらも残さない域に達してこそ、理想の実現でしょう。長い道のりですけど、歩んでいかなければ……。私はそう思います」と返す。
不断の努力を求める日本国憲法ばりの高い姿勢に、頭が下がる思いです。
中高生ぐらいに読んだら莉子にまるっと同意できたかもしれないけど、30代の今は事件を解決するだけの莉子より、何億円も赤十字に寄付する瞬の方が偉いと思いますね。
もう10年経ってどう受け止めるか気になる作品です。
(しかし、瞬はディスカウントストアで修行した後はレストラン経営で成功していたはずで、まるで社会の歯車となって苦しんだかのような経験がありましたかね?)
追記。
むしろ、莉子は赤十字に数億円寄付している、という事実を聞いたときに、戸惑いを覚えるべきだったのではないかと思う。
責難は盛事にあらず。
トリックは常人には分からぬとはいえ、それを暴くことが果たして公共の理足りうるのか。
詐欺まがい(厳密にいえば犯罪ではない)の行為ゆえの寄付、しかしそれで救われている人がいるという現実を軽く見すぎているから、今回の作品には不満だったのかも。
しかし、残念ながら、本シリーズはそこまで深い作品ではないし、それゆえに松岡氏は人気作家ではあっても一流の作家ではない。残念。